麗しの彼は、妻に恋をする
わいわい賑やかなスタートだったが、十一月ともなると夜は深々と冷え込み。
ひとりふたりとギャラリーは消えていく。
深夜三時過ぎ。
何度か襲われた眠気は通り過ぎ、柚希はコーヒーをいれて、紅い炎を見つめている芳生に渡す。
これから夜明けまで、柚希は付き合うつもりでいた。いつものように。
「ありがとう」
コーヒーを飲み始めて、湯気が消えたころ冷めたカップに視線を落としたまま芳生が言った。
「金か? あの人と結婚した理由は」
――あ。
彼はやはり気づいていたのだ。
お金かと言われれば違うとはいえない。確かにきっかけはそうだったのだから。
でもいまはそれを理由にはしたくなかった。
「あの人は、お前の手に負えるような人ではないぞ」
「わかっています」
「全ては覚悟の上か」
そのあと芳生は、ぽつりと呟いた「俺だって」という声は、薪が弾ける音にかき消され、柚希の耳に届くことはなかった。
わかってほしいとまでは思わないが、それでも、芳生に反対されるのは悲しい。
何をやってるんだお前は。そう言われているような気がして、柚希は重苦しい気持ちを抱えたまま燃える炎を見つめていたのである。