麗しの彼は、妻に恋をする
飲み会にも出席しない地味な女子大での学生生活を経て、その後はずっと益子の山に籠っている。

おかげで柚希は、この歳までまともに男性と交際をしたことがない。
心身ともに処女性が保たれているのだ。

というわけで、これが自慢になるのかならないかはわからないが、とにかく初キッスだった。

それなのに。

――私、そんなに酷いことしたのかな。

ファーストキスを奪われたうえに、冗談のプロポーズでからかわれるなんて。

常識外れの恥知らずでも、普通の人並みに心は傷つくのに。
そう思ううち、なんだかちょっと悲しくなった。

これ以上ここにいるのは辛い。
いずれあらためてお礼の品を届けるにしても、今日はとりあえず帰らせてもらおう。そう思ってもう一度深く頭を下げた。

「今日は、本当にすみませんでした。では」

「ああ、待って待って。とりあえず、座って」

そう言われては、振り切ってまで帰れるはずもない。

悪いのは全て自分なのだから。

促されるまま、失礼しますと彼の斜向かいの席に腰を下ろした。

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