麗しの彼は、妻に恋をする
でも結局選んだ映画は、スパイ映画。

「え、それ?」と画面を見て笑いながら、彼がコーヒーカップをふたつ持ってきた。

「スリル満点なのがいいんです」と答えながら、柚希は思う。

――ラブストーリーなんてドキドキし過ぎて無理だもの。

温め直したらしいスコーンを、ふたつのコーヒーカップの間に置いた彼は柚希の隣に座る。

コーヒーの香りに混じって、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐってくる。

柚希が作ったカップを使ってくれるのもうれしいし、コーヒーを淹れてくれたりスコーンを出してくれたりするのもうれしい。

極上の旦那さまとは、こんな人のことを言うのだろう。

「ありがとうございます」

そして、勝手がわからず、なにもできない自分がもどかしい。

「すみません」

「いいんだよ。とりあえず敬語はやめようか、僕の奥さん」

彼はそう言って微笑むと、柚希の頬にキスをした。

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