彼が書類を溜める理由
仕事上潘さんのハンコが必要な時は誰かに頼みに行ってもらうか、席を外している隙にメモと一緒に残していった。だから彼は私が訪ねてくるように書類を出さないのだ。
それもとうとう限界だ。
「ふぅ……」
私は溜め息をついた。
「私の処理が間に合わなくて金欠になっても知りませんよ」
「それでも上条さんは間に合わせてくれるでしょ? だって出さない領収書なんて無視していればいいのに、僕にちゃんと期限を伝えて出させてくれる優しさがあるし」
誰がそうさせているのだ、と怒りと恥ずかしさで逃げてしまいたくなった。
「潘さん最低です……」
私は静かに言うと泣きそうになる顔を見られたくなくて潘さんから離れた。
誰もいないオフィスで涙を堪えてパソコンに数字を入力する。
できれば残業したくなかったのに潘さんを恨んでしまう。
「上条さん……」
オフィスのドアから潘さんが顔を出した。
「ごめんね、こんな時間まで残業になっちゃって」
「もういいです。上司にはきちんと残業する理由を報告しましたから。処理が間に合うといいですね。本音は振り込みを遅らせたいですが」
部長に潘さんの嫌がらせを報告した。どうか潘さんが処罰されますようにと願う。実際は厳重注意で終わるのだけど。
「本当にごめん。これどうぞ」
潘さんは私のデスクに缶コーヒーを置いた。
「…………」
こんなことで私の怒りは治まらない。
「あの、仕事に私情を挟まないで下さい。私が傷つけたのは申し訳ないのですが、迷惑かかるのは私だけじゃないんですから。部長の処理もギリギリなんですよ」
パソコンから目を離して潘さんに顔を向ける。
きっと潘さんのプライドを傷つけた。私にフラれるなんて屈辱だっただろう。だから嫌がらせをしているんだ。
「僕は傷ついてなんかないよ」
潘さんは相変わらず笑顔で言う。
「だって上条さん僕のこと好きでしょ?」
「はあ!?」