北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「ごめん、ほんと、こんなことになって」
 電話の向こうの累は、しばらく沈黙していた。
 母親の車に同乗せず、ローカル線に乗って帰宅した凛乃を待ちかまえていたのは、怒り狂う母親を鎮めるために、“相手”を呼ぶことに同意した父親だった。
 台所に引きこもる母親をよそに父親と協議した結果、対面は翌日に持ち越されることになった。
それでも予想外のことをさせるのに変わりない。
「売り言葉に買い言葉で、ほんとに申し訳ないんだけど」
 来てほしい、とは言い切れなくて、凛乃は語尾を濁した。
「明日、でいいんだよね?」
 ようやく聞こえたのは、淡々とした確認だった。
「うん、時間は空席次第でいいから」
「わかった。取れたら連絡する」
「チケット代はあとで払うから」
「いいよそんなの。だいじょうぶ」
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