北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「契約上はそうですけど、もう置いておく荷物もないのに」
「納戸の荷物を移しておけば」
「とんでもない! 見えなくなったら、処分する気力がなくなっちゃいます」
 テーブルを叩く勢いで凛乃が身を乗り出した。
 累は食後のコーヒーをカップの中でぐるぐる揺らしながら、ささやかな反論をする。
「でも納戸の壁を抜くなら空っぽにしないと」
「壊す前提でなくていいんですよ。まだ元魔境も堪能してないんですから、じっくり考えます」
 ちょっと考えこんだ累はコーヒーを飲みほしてから、こくんとうなずいた。
「凛乃の家だからね」
 とんでもない要求でも呑みそうなゆるゆるの累に、凛乃はにっこりと笑みだけ返した。
 レストランを出たところで累が立ち止まる。
「どこか寄りたいところない?」
「なくはないですけど……つるにこのこと、気になりますよね」
 トランクルームの清掃とカギの返却のあと、ゆっくり食事をして2時間近く経っている。昨日は荷物の移動のために3時間以上、留守番させた。そろそろつるにこが拗ねてもおかしくない。
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