北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「お手伝いさせてください」
 累が言うと、母親は満面の笑みで女将を拝む真似をした。
「じゃあ、お部屋とお布団だけ。朝ごはんは賄いみたいなのしか用意できんよ? 自分たちの初詣は、お振舞いのあとひと眠りしてからになるけど、それでいいんなら」
 女将の案をバックパッカーに伝えると、不安げに曇っていた顔が明るくなる。
「アリガト、アリガト」
 片言のお礼を聞いて気をよくしたのか、女将と母親も照れたような笑みを浮かべた。
「ほんじゃ、檜の間でいいよね」
「ふたりにしちゃ広いけどね」
「あんたたち、ホテル椿なら今日も日帰り入浴できるから、ゆっくり入ってきてさ、どっかで夕飯食べてきて」
 女将と母親は発熱の嘘なんか忘れたように、明るくしゃべくりながら民宿の中に入ってゆく。
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