北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「あけましておめでとう。これ、どっちが似合うかね」
 新年の挨拶もそこそこに凛乃の母が累に拡げて見せたのは、2組の男物の着物だった。
 バックパッカーがそれを面白がったから、可否を言う間もなく泊まっていた部屋に押し戻される。
 人間ドックの検診衣みたいな心もとない襦袢姿で、昨日初めて会ったばかりの母親のまえに立つのを躊躇ったのは、ほんの一瞬。
 母親たちは普段から着付けの仕事もしているとかで、累たちの扱いは的確ながら無遠慮だった。
 指示されるまま着せ替え人形のように腕を上げたり向きを変えたりしているうちに、生涯初の和装初詣スタイルができあがった。
 裾さばきに慣れず、よちよち歩きっぽくなっているバックパッカーと共にロビーに出ると、ソファに座っていた凛乃がはじけるように立ち上がった。
「いいね!」
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