北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「オトンの昔の着物だから若旦那っぽくなるのかなと思ったけど、そうでもないね」
 言いながら、凛乃は首元にもふもふのファーのショールを巻く。
「いってらっしゃい」
「お昼までに帰ってきてね。お雑煮作っとくからね」
 母親と女将に見送られて民宿を出ると、雲間から薄い陽光が降り注いでいた。
 遅い朝食で起こされるまでぐっすり眠ったとはいえ、着物の袂や裾から入り込んでくる冷気には、目が覚めるようだった。
「雪降らなくてよかったぁ。積もってたら着物どころじゃないから」
 凛乃は言うけれど、薄い雪駄を通して地面の冷えが足袋の中に這いあがってくる。ニットの手袋をつけていてもかじかむ指先を、累は袂につっこむように腕組みする。
 バックパッカーのほうは、楽しそうに写真を撮りまくっていた。用意できるサイズがなくて足元は自前のスニーカーにソックスだったけど、いつのまにか着物にも慣れて、蝶のようにひらひらと歩き回っている。
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