北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
-Marions-nous!-
 年明け初の外出仕事は、たまのつきあいがある出版社との打ち合わせだった。
 オンラインでいくらでもできることを、めずらしく挨拶がてら訪問する気になったのには、我ながら驚く。
 去年とは明らかにちがうこの高揚感のようなものは、年末年始のハプニングの余波であることは明白だ。
 いつも力なく丸まっていた背中は、棒を1本つっこまれたみたいに少しだけ伸びている。
 ひととおり仕事の話を終えると、累は出されたまま放っていた煎茶に口をつけた。爽快なくらい冷え切った液体が、すっきりと喉を通る。
 担当の老編集者が自分も一口飲んでから、「あ、淹れなおしましょう」
 立ち上がろうとしたのをすかさず女性スタッフの「私が」という申し出に阻止され、ソファに座り直した。間を持たせようとしてか、なにかを思いついたように手を打つ。
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