北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
 ひたと見つめてくる瞳から逃れるように、累は「はあ」とかつぶやきながら熱々の湯呑に手を伸ばした。
 ちょっと面倒だと感じたのが、茶を飲んだあとの溜息に漏れる。
 これまで部署がちがっていたと言っても、小さな出版社内のことだ。
 いつからか、お茶出しやらなにやらにかこつけて雑談という質問攻めに遭ったり、おつかいと称して最寄り駅まで同道してくるのが常だった。
 累でもさすがに察するようなアプローチには、プライベートは明かさないという態度で返答した。でも言葉のない駆け引きだから、はっきりとした抑止力になってなかったのも事実だ。
「ほら、小野里さん、やっぱりちゃんとしたほうが断然イイじゃないですか」
「なんの話?」
 老編集者が訊き返すのに合わせて顔を上げると、逸らしたはずの瞳がこちらを凝視していた。
「身体に合うスーツを選べば、もおっとカッコよくなるって、ず~っと言ってたじゃないですか私。髪ももっと切ったほうがいいって。やっと聞いてくれたんですね」
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