北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
 リアクションをとるまえに、累はさっさと顔を引っ込めてしまった。
「あ、おい」
 慌てて玄関に駆け戻り、ドアを開ける。
 でもその先に累の姿はなかった。
「逃げ足の速い……」
 佐佑は不服をこめて鼻を鳴らした。

 ドアの開閉音を門柱越しに聞いて、累は背中でへばりついたまま息を詰めた。
 通行人が怪訝な顔で凝視するのから、目をそらしてごまかす。
 でもまだ動けない。子供が泣いたから出ては来ないと思うけど。
「おめでとうぐらい直接言わせろー!」
 佐佑のでかい声が飛んだ。
 ちょっと間をおいてドアが閉まると、累の顔中にこらえきれず笑みが浮かんだ。
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