北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
 言造の動きが止まる。
「覚えてんのか」
「なんとなくね。こどもの名前を考えるまで、ほとんど忘れてたけど」
 凛乃の使い古しの学習イスをきしませて、累は彪吾を抱き直した。
「彪吾の父親にはなれなかったから、父さんを彪吾のおじいちゃんにしてあげられてよかった」
 一瞬ぽかんとした言造は、みるみるうちに顔を赤くして、あたふたと腰を浮かせたり座ったりした。
「急に父さんとか呼ぶから」
 ストレートな言い訳に、平静を保とうとしている累まで、じわっと熱くなる。
「彪吾の教育のため、だよ。今後の。夫婦でも名前で呼び合ってると、こどもがそう呼ぶって」
「そうだけど、おまえがこどものとき以来だから、びっくりしたわ」
 思春期のややこしさもあった。とはいえ、婿養子をそう呼ぶ祖母に倣うことは、累自身が決めたことだ。
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