北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
 初めてそう呼んだときは、いまほど緊張しなかった。
 名前で呼ぶことで、物理的に離れていることの整合性を取ろうとした。
 かつては、淋しさを猫たちが埋めてくれた。いまでは、拠り所のなさを凛乃が消してくれた。
 いま自分の両足で自分で決めた位置で、すっくと立っているから、これからは父と、おなじ話ができる。
「おれも男の子の親になったから」
「うん」
 言造は照れた顔を隠すように、悩まし気に額に手を当てる。
「先輩になんでも訊けよ、って言いたいところだけど、おれも、じいちゃん始めたばっかりだからなぁ」
 どちらからともなく、へへっと笑いあった。
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