北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
 仕事の合間のコーヒーブレイクや、食料の買い出しといった切れ切れの時間を分かち合うことはあっても、外出を好まない累を私用で引っ張り出す理由もなかった。
「もしかして、慰労会な感じですか?」
「この3日間、がんばったから」
 スタンドミラーのリメイクのことじゃない。
 従業員5人の小さな工務店の事務。日水休み。
 凛乃はついに、新しい職を得て働き始めた。
 会社都合でこの木曜日から始めた仕事は、馴染みのある作業内容とはいえ、緊張無くして向き合えない。
 初出勤の朝、凛乃はビジネストートを持ったまま両手を拡げた。
「……ぎゅっとしてくれませんか」
 恥ずかしさもあってうつむくと、累は抱いていたつるにこを床に下ろしてから、すっぽりと凛乃を包み込んだ。
「帰ったら、ケーキ食べよう。買っておくから」
< 46 / 317 >

この作品をシェア

pagetop