北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
 満ち足りて見つめ合ううちに、もっとほしくなった。初めてのときにはかすかにあった緊張感が、ハードルをなぎ倒してどこかにいってしまった。
 さらに濃く長く身体と時間を重ねて、もうきっとふたりのあいだに余分な羞恥心なんてないと思っていた。
 なのに熱に浮かされたような夜が去れば、触れられなくてもこんなに身体が熱くなる。
 凛乃はタオルケットを頭までひっかぶった。
 そんな凛乃にパイル地を押しつけるように輪郭をなぞってくるのは、きっと累の口唇だ。糸の隙間を通して、あたたかい息が頬に吹きかかる。
「おなか空いてない? 食パンなら焼くけど」
「あ、わたしが」
「凛乃は家政婦じゃないから。ゆっくり起きてくればいい」
 言葉と声にくすぐられて、凛乃はこくりとうなずいた。
 やるべきことを気にせずベッドにごろごろしていられるなんて、いつぶりだろう。
 ……ん?
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