北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「おれは下心があった。凛乃に水分摂ってもらうより、『キスしたい』がたぶん1ミクロンくらい勝ってた」
「そうだとしても、実行してくれてよかった」
 卵の殻にヒビは入っていたのに、薄皮一枚、破る勇気がなかった。
 あふれ出ないように抑え込んでいたのは、受けとめてもらえる自信がなかったから。
「累さんはもう、わたしに好きなだけキスしていいひとなんです」
 いまなら、好きなだけ求めても許される。許される自信がついてきた。
 凛乃は累の頬を両手で挟んで引き寄せた。
「もっとしたいと思ってたんです」
 累はお菓子をもらえるこどもみたいに、笑みに期待をにじませた。
 はずむようなキスと並行してたがいが相手の服を脱がせようとした手が、カンフーアクションよろしく交差する。
 はずみで壁にヒジをぶつけて、いつしかふたりで笑い声を立てていた。
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