北向き納戸 間借り猫の亡霊 Ⅱ 『溺愛プロポーズ』
「え」
「せっかく残したのに、凛乃が着なかったら着るひとがいない」
 畳みかけたけれど、凛乃は考えこむように唸った。
「着ようと思って売らないでおいたわけじゃないんだけどね……」
「いやならムリには」
「ううん、そうじゃなくて、累さんってぽんぽんわたしに与えすぎじゃないかと」
「そう?」
「うん」
 対向車も信号待ちの車もない交差点を、ゆっくり右折する。
「累さんて、受け継いだものが自分のものだって感覚が希薄な感じ。着物に関しては当然と言えば当然だけど、ほら、家だって簡単に譲ろうとしたし」
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