傷つき屋
2階のフリースペースのソファに並んで腰かける。
目の前のおじいさんは震える手で将棋をしている。対面には誰も座っていないのに。
「安楽死について興味があるの」
併設された自販機で買った3人分のレモンジュースを、岬は配った。
俺がポケットから小銭入れを取り出すと、いい、いい、と手を横に振る。
俺はいつも岬が読んでいる、茶色いカバーのついた本を思い浮かべた。
あれは安楽死の本だったんだ。
「安楽死が合法になればいいのに、って本気で思ってるんだ」
岬が横に狭い小さな口で言う「あんらくし」という言葉は、なめらかで透き通っていて、まるで愛の言葉みたいに甘い耳障りだった。
慣れない難しい単語を背伸びして口にする子供のようで、死という文字には直結しないものだった。
レモンジュースのプルタブを親指で押し上げる。
ぷしゅ、と3つ、似たような吹き出しが浮かぶ。