傷つき屋
幼げな一人が坂の途中で振り返り、立ち止まる。
何も言わずじっと、こっちを見ている。
風が吹いて襟足がなびく。
黒目がちな丸い二重が、まっすぐに、こっちに向けられている。
「ダイジ、早くしろよ」
我に返ったように背すじを伸ばして、また堤防を登り始めた。
三人の肩が同じ位置に揃うのを、俺は瞬きをせず見届けた。
「アキオくん」
聴き覚えのある声が逆方向からして顔を向けた。
「岬」
川のそばにいる彼女を見下ろす。
季節が変わるとポニーテールは肩までのミディアムヘアになった。
茶色いカバーのついた本は一回り大きくなって、大学での講義名が書いてある。
岬は、茶色く柔らかい髪を耳に掛けながら、眉を下げた。
「もうやめなよ、こんなこと」
春の風は思いのほか荒くて、芝生の濡れた香りが鼻をくすぐる。
「誰も……誰も信じてくれないって」
俺は微笑む。
「なんのためなの」
岬の泣きそうな顔は、年を取らない。
「……マコトくんの、ためなの?」
ゆっくりと立ち上がって、一歩ずつ、踏み出す。
岬の声が風にさらわれていき、緩やかな川面に触れながら、消えていく。