別れたはずの御曹司は、ママとベビーを一途に愛して離さない
***

「改めまして乾杯」

グラスを合わせて微笑み合う。エグセクティブフロアにある会員制の高級バーの個室から見える夜景についうっとりとしてしまう。勢いでここまで来てしまったが、こんな落ち着いたラグジュアリーな空間でこんな素敵な男性とお酒を飲むなんていつぶりのことだろうか。ずっと仕事に没頭していたせいかこんなシチュエーションは皆無に近い。

「今日の凛子さんもお仕事のときと雰囲気がまた違ってとても素敵です」

「……いえいえ、そんなことはないです」

向かい合って座りまっすぐに見つめられてそんなことを言われれば、鼓動が早くなっていく。動揺する私とは対照的に渚さんは実に落ち着いている。きっとこんな雰囲気もこんな言葉を発言することにも慣れているのだろう。

「よ、よくこういったところに来られるんですか?」

「仕事帰りにたまにカウンターでひとり飲むことはありますよ。こんな風に女性とふたりきりとかそういうのはあまりないですけど」

「……そうなんですか」

さっきから渚さんの発言が思わせぶりに聞こえるのは私の気のせい?

「あまり困らせると凛子さんに嫌われそうなので、これくらいにしておきます」

私の反応をみて戸惑っていることに気が付いたようで悪戯な笑みを浮かべながら渚さんはグラスに手を置く。

「凛子さんのケーキすごく美味しくいただきました。バタークリームもあっさりしていて食べやすかったですし、中にサンドされていた甘さ控えめの生クリームとラズベリージャムの組み合わせもよかったです」

「本当ですか? それはよかったです」

急にケーキの話になったことに驚きながらも、話題が逸れたことは非常にありがたい。
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