別れたはずの御曹司は、ママとベビーを一途に愛して離さない
「……きっと母も喜んでいたと思います。実はあの日は母の命日だったんです。母は生前、ケーキが大好きで、休みがあれば全国のケーキ屋さんを巡るくらいだったので、毎年命日には墓前にケーキを持っていって母と心の中で会話をするんです」

「そうだったんですね」

どんな言葉を返していいか分からなくて、下唇を噛む。思わぬカミングアウトであのケーキの送り相手を知ることになったが、やはり予想通り渚さんの大切な人はもうこの世にはいない存在だったと分かり悲しげな笑顔の意味を理解して心が苦しくなる。

「なんてお酒が入った勢いでプライベートなことを話してしまいましたが、お気を悪くさせてしまったならすみません」

「いえ、そんなこと全然!」

首をブンブンと思いきり横に振って否定する。

「とにかく素晴らしいケーキだったということ伝えたかったんです。そういえば、中にラズベリージャムを挟むのは珍しいですよね。あれは凛子さんのアイディアですか?」

さりげなく話題を変えるのは弁護士という職柄、人の表情を見て感情を読み取る能力に長けているからだろう。

「あれは昔、誕生日に食べたケーキの味が忘れられなくて自分なりに研究を重ね辿り着いた味なんです」

「それが凛子さんの原点なんですね」

「はい。小さい頃、夏休みは家族で毎年軽井沢で過ごしていて自身の誕生日をいつも向こうで迎えていたんですが、アンジュいう可愛いケーキ屋さんに作っていただいた誕生日ケーキに感動したんです。お花畑ケーキと呼んでお姫様になったつもりでいました。それがきっかけでパティシエールになりたいと思って今に至ります」

「……」

「渚さん、どうかされましたか?」

渚さんが一瞬、目を大きく見開き動揺したように見えて何か気に障ることを言ってしまったのかと内心ハラハラしながら目の前の彼を見つめる。

「いえ。なんでもありませんよ」

すぐに渚さんはそう言って、柔らかく笑った。
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