別れたはずの御曹司は、ママとベビーを一途に愛して離さない
「そうですかね? こういうの昔からなんですよね。行事ごとは常に記念に残したがるし、私が小さいときに四十度の熱を出して軽いひきつけを起こしそうになったとき、私の容態を聞いた父が仕事場から飛んで戻ってきて、体調が落ち着くまで私に付き添ったり……そんなこともありました」

「愛されている証拠じゃないか。素敵なお父さんだな」

そう言って私の頬を優しく撫でる渚さんが微笑む。だけど、その笑みはどこか切なげに見えて胸が疼いた。

「渚さん? どうかしたんですか?」

「ん?」

「なんか悲しそうな顔をしているように見えて……」

私のその言葉に渚さんが一瞬目を見開いた。だけどすぐにいつもみたいな柔らかな表情を浮かべて私をまっすぐに見つめた。

「なんでもない。さぁ露天風呂に浸かってゆっくり過ごそう」

渚さんが愛おしげに私の唇を撫で、そのままキスを落とした。すべての雑念を忘れるほどの甘いキスに溺れていく。いつの間にか一糸纏わぬ姿になり互いの温もりを確かめあっていた。

「凛子、愛してるよ」

幻想的な世界で過ごすふたりだけの甘く情熱的な夜。幸福に満たされていた私は、このとき渚さんの切なげな笑みの意味を知る由もなかったんだ。
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