別れたはずの御曹司は、ママとベビーを一途に愛して離さない
忙しない日常を離れての渚さんとの初めての旅行は、とても思い出深いものとなった。そんな旅行から一か月が過ぎ、周りを見渡せば直に迫ったクリスマスに街中が光のイルミネーションに彩られていて、自然と心が高揚していく。

仕事柄、十二月は多忙を極めるため渚さんとクリスマスのお祝いをするのは、二十五日の深夜になる予定だ。それでも大好きな人と過ごす初めてのクリスマスに心が弾む。

「今日も遅くなっちゃった」

時刻は二十時を回ったところだ。クリスマスのオーダーケーキのデザインを考えたり、試作品を作る作業をしていたらこんな時間になっていた。誰もいなくなった店を出て空を見上げると、頭上からはハラハラと雪が舞い降り始めた。

冷たい空気が肺を刺激する。今年は雪が降り始めるのが早い。クリスマスも雪の予想だ。ホワイトクリスマスになるのかな。

そんなことを思いながら最寄り駅へと歩き始めたそのときだった。

「あのすみません」

低く重みのある男の人の声が真横から聞こえ、反射的に足を止めた。視線の先にいたのは、長身で細身の四十代くらいの男の人だった。

「佐倉凛子さんですね?」

「……はい。そうですけど」

面識のない男性が私の名を知っていたことに目を見開く。
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