別れたはずの御曹司は、ママとベビーを一途に愛して離さない
「その事実を知って沸々と湧きあがってくるものがあった。あの日佐倉先生がいてくれたら、もしかしたら妻は……と。ただの逆恨みだと君は思うかもしれないが、これは大切な人を失った者にしか知りえない感情だ」

「……」

「妻が死んでから悲しみを乗り越えて、子供たちと共に三人で必死に生きてきたんだ。それをまた君が壊そうとしている。それを見過ごすわけにはいかない。これからも家族で手を取り合って穏やかに生きていきたい。そして、子供たちには幸せになってほしい。だから私は君を認めることはできない。君の顔を見ると妻のことが蘇ってきて、気が狂いそうになるんだ」

言葉の凶器が心を抉り、いつの間にか頬を涙が伝っていた。

旅行の日の渚さんの切ない笑みが頭に浮かぶ。あの日、何気なくした父の話を渚さんはどんな気持ちで聞いていたんだろう。

父が私のもとに駆けつけたことによってその間に渚さんのお母さんは息を引き取っていたなんて、あまりに残酷過ぎる。

渚さんはすべてを知っていたけれど、私を愛そうとしてくれていたんだ。いや、私たち親子をよくは思っていなかったとお父さんは言っていた。渚さんの真意を今ここで知ることはできない。

それでも、私自身が渚さんのそばにいてはいけない人間だということは痛いくらいに理解できた。

「話は以上だ。渚と別れてくれるね?」

「……わ、かりました」

〝渚さんと別れる〟

私にその選択肢以外の答えはない。

だって大好きな人の大切な人を奪ってしまったのは、この私自身なのだから──。
< 59 / 111 >

この作品をシェア

pagetop