別れたはずの御曹司は、ママとベビーを一途に愛して離さない
それから五日後、私は仕事終わりに渚さんを呼び出した。

「凛子の方から会いたいなんて珍しいな」

待ち合わせ場所に現れた嬉しそうな渚さんの顔が目に入って、ズキンと心が痛んだ。

「無理を言ってすみません」

「いや。僕も凛子に会いたかったから嬉しいよ」

なにも知らない渚さんはいつもみたいにストレートに愛情表現をしてくる。その気持ちに応えることはもうできない。今から私は彼に別れを告げるのだから。

食事に行くという体で渚さんの車を目指して歩き出した。

「何が食べたい?」

「えっと、その……」

頭はどのタイミングで本題を切り出そうかと、そのことで支配されていてうまい返答が見つからない。

「今日は中華なんてどうだろう? 海老チリと飲茶が絶品な店があって、ぜひとも凛子に食べてほしいんだ。席が空いているか聞いてみ……」

「その必要はありません」

「ん? 中華じゃない方がいいか?」

ふわりと笑いながら、スッと私の頬に手を伸ばそうとした渚さんの手を反射的によけた。

「凛子?」

私の異変を感じ取った渚さんが、心配そうに私の顔を覗く。

「どうした?」

バチッと宙で視線が交わりドクンと心臓が高鳴った。

「会うのは今日限りにしたいんです」

「どういう意味だ?」

「私と別れてください」

ついに言った。言ってしまった。

めったに動揺を見せない渚さんの表情が、大きく引き攣ったのが分かる。
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