別れたはずの御曹司は、ママとベビーを一途に愛して離さない
「どうしていきなりそんなことを言うんだ?」

「……他に好きな人ができました」

恐くて、悲しくて、様々な感情が駆け巡り渚さんの目を見ることができない。必死に涙を堪えながら言葉を絞り出す。

「だから会うのは今日で……」

「急すぎてうまく状況が飲み込めそうにない。ちゃんと向き合って話がしたい」

「話すことはもうありませんから」

私の腕を取ろうとした渚さんの手を振り払った。

「凛子。お願いだ、話を……」

「そういうの迷惑なのでやめてください!」

渚さんの顔が曇ったのが分かる。そんな彼を見て心が軋みを上げる。こんな顔をさせたいわけじゃない。傷つけたいわけでもない。

それでもこんな形でしか終わりを告げることができない不器用な私を許してください。

「さよなら」

私は逃げるようにその場を後にした。後ろを振り返ることはない。振り向いてしまったら、私はあの温もりの中に再び身を置きたくなってしまうから。

だから、ただまっすぐに前を見つめて歩き続けた。頬を涙が伝う。それでもこれがみんなが幸せになれる方法なんだ。

「渚さん何度もあなたを傷つけてごめんなさい。それでも私はあなたのことが……」

渚さんのもとを離れて数分。ふと立ち止まり雪がハラハラと舞う空を見上げながらそう呟いた私の声は渚さんには届かなくて、冷たい夜風が行き場をなくした想いをそっと攫っていった。
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