別れたはずの御曹司は、ママとベビーを一途に愛して離さない
トントン──

と、部屋をノックする音が耳に届き意識がそちらへと流れた。美紅が先に料理を頼んでいたのかな。
ドアが開き、人影が見えてテーブルの上の物をよけようと手を伸ばした。

「え?」

部屋に入ってきたのはあまりに予想外の人物で、思考が停止する。これはどういうことなのかと、目の前の美紅に説明を求めようとしたそのときだった。

「驚かせてすまない。久しぶりだな」

懐かしい声が耳に届いて身体が熱くあるのを感じた。

忘れるはずがない。甘いバリトンボイス。

「渚さん……」

三年ぶりに会った彼は、あの頃と変わらない柔らかな笑みを浮かべ私を見る。

「凛子、ごめん。でも、ちゃんとふたりで話した方がいいと思って」

美紅が申し訳そうな表情を浮かべながら、ギュッと私の手を握った。

「僕が源さんに無理を言って凛子と会えるようにセッティングしてもらったんだ。こんな形で申し訳ないが、どうしても話したいことがある」

すかさず渚さんが美紅のフォローをする。話したいこととは、例のことだろう。きっと湊斗の話を莉奈さんから聞いたんだ。

「私、席を外すね。ふたりでちゃんと話してほしいから」

暫しの沈黙が流れたあと、美紅がそう言って席を立った。私に逃げ道はない。とうとうこの時が来てしまったのだと天を仰ぐ。

美紅が部屋を出て行くと、目の前の席へと渚さんが腰を下ろした。でも渚さんの顔を見ることができなくて、思わずうつむく。
< 86 / 111 >

この作品をシェア

pagetop