蕾の恋〜その花の蜜に溺れる〜




振り返った先の人集りは蜘蛛の子を散らすように消え

永遠が車を手配する声が響き
バタバタと近づく聡太達の気配を感じるが

それよりピクリとも動かない蓮を病院へ運ばなければ・・・

迷いなく蓮を抱き上げると
あまりの軽さに胸が苦しくなった


「若っ」


あっという間に車を出してきた永遠の付き人、大吾は後部座席のドアを開いてくれた


永遠も助手席へ乗り込もうとするのを止めると

大吾だけを借りて橘病院へと急いだ


病院の正面入り口では橘院長自らが看護師三名と待っていてくれた


「どうした、大和」


「どうなったか分からねぇ
多分人集りに押されて頭を打ったんだと思う」


「一先ずベッドに乗せろ」


「・・・俺が運ぶ」


もしか頭を打っているなら
振動は少ない方が良いのは分かる

それでも。
どうしても腕の中の蓮を手放せない

俺の複雑な胸の中を読んだように


「まぁ良い、途中で根をあげるなよ
先ずはこっちだ、着いてこい」


願いを聞いてくれた


CTやレントゲン撮影、血液検査を順番に受けて

手の空いたタイミングで蓮の爺さんに連絡もして
ついでに和哉にチーズケーキも持って行って貰った

全て検査が終わった後は
蓮の目が覚めるのを待つために病室へと運んだ


看護師長と入れ替わりに病室から出ると橘院長が外のベンチに座っていた


「あの子って例の彼女か?」


「そうです」


「日本人か?」


「クウォーターなだけで日本人ですよ」


「そうか、目、閉じてるのにあれだけ綺麗だと
目、開けたら相当なもんだな」


ニヤニヤと笑う橘院長へ


「チッ」


舌打ちだけ返しておいた


「中から声が聞こえる、目が覚めたようだな、良かったな大和」


「ありがとうございます」


「チッ、食えねぇ男だな
敬語やめろ、お前は可愛くねぇ」


そう言って立ち上がると
蓮の眠る病室へと入って行った


「大和さん」


一人になったのを確認したのか
少し離れたところで待つ聡太から声がかかった

視線を移せば、頼んでおいた百合の花を持ち上げて見せてくれた


「サンキュ」


お礼を言った俺の声は
蓮との対面を前に少し掠れていた










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