無名ファイル1
毎朝五時に起床し、ボイトレ開始。
日本に住み始めてすぐ香乃魅月の、
インターネットアカウントを作った為、
聞いて、覚えて、歌って、収録の毎日。
そんな日々を強要されても私は、
あの男に反抗することはなかった…。
何故なら私に帰る場所はなかったから。
過ちを犯した己を蔑んでいたから。
「三年限りの中学生というブランドを、
上手く活用すれば知名度も上がる。」
あの男の言う学生という身分は、
ブランドだという意味が私は最初、
全く理解できなかった。
『この声が中学生だとは思えない。』
これが世間の反応。
この歌声は生まれ持ったものだし、
年齢は関係ないのに…と思っていた。
しかし…あの男の言う通りだった。
「収録を今日中に終える。それまでは、
夕飯や睡眠は一切無し…約束だよ。」
毎日過剰なノルマに追われた。
「…はい」
人間とは不思議なもので…私はこの時、
自分が異常だとは微塵も思わなかった。
命令に従えなければ背中を鞭で叩く。
単純な罰…。無能な自分に非があると、
叩かれる度に感じていた羞恥や屈辱は、
三年も経てばすっかり麻痺していた。