無名ファイル1

毎朝五時に起床し、ボイトレ開始。

日本に住み始めてすぐ香乃魅月の、

インターネットアカウントを作った為、

聞いて、覚えて、歌って、収録の毎日。

そんな日々を強要されても私は、

あの男に反抗することはなかった…。

何故なら私に帰る場所はなかったから。

過ちを犯した己を蔑んでいたから。

「三年限りの中学生というブランドを、
上手く活用すれば知名度も上がる。」

あの男の言う学生という身分は、

ブランドだという意味が私は最初、

全く理解できなかった。

『この声が中学生だとは思えない。』

これが世間の反応。

この歌声は生まれ持ったものだし、

年齢は関係ないのに…と思っていた。

しかし…あの男の言う通りだった。

「収録を今日中に終える。それまでは、
夕飯や睡眠は一切無し…約束だよ。」

毎日過剰なノルマに追われた。

「…はい」

人間とは不思議なもので…私はこの時、

自分が異常だとは微塵も思わなかった。

命令に従えなければ背中を鞭で叩く。

単純な罰…。無能な自分に非があると、

叩かれる度に感じていた羞恥や屈辱は、

三年も経てばすっかり麻痺していた。
< 134 / 200 >

この作品をシェア

pagetop