無名ファイル1
大きな会場に大きな音…沢山の人々。
ファンの期待の熱を肌で感じた。
姉は関係者席で観るのが良いと、
私の為に席を用意してくれていた。
舞台袖で観たいという希望に、
快く承諾してくれた。
ファンよりも近い場所から姉を観たい。
我ながら凄い我儘だ…。
姉は昔から甘え上手で人懐っこい子。
しかし極度のあがり症だった。
何故こんなに大きな舞台に立てるのか、
純粋に不思議だったというのも、
舞台袖で観たいと言った理由の一つ。
私はその日のライブで姉が、
あがり症を克服した方法を知った。
本番五分前、熱気に溢れる会場。
緊張でガタガタ震える姉は、
隅にひっそりと佇む姿見鏡に近づく。
「私は…前向きで底抜けに明るい性格。
ファンの期待に応える歌手、月音彩乃!
今日のライブも…歌声で彩れ!!」
ハッタリだったかもしれない…。
勘違いかもしれない。それでも姉は、
この言葉で震えていた手足を止め、
力強く舞台へ歩みを進めたのだ。
「…格好良い」
密室で罰に怯え収録する私とは違う。
音楽を心から愛して魂で歌ってる。
眩しくて…羨ましくて溜まらなかった。