無名ファイル1
いつも何処でも一人で行ってしまう父、
その日は珍しく俺を連れて行った。
魅香に出会い、本名を呼ばれる喜びを、
俺はその時、密かに噛み締めていた。
そう、初恋に浮かれていたのだ。
そんな有頂天だった俺に父は、
帰り際、険しい顔で一言告げた。
『離婚が決まった。
お前には酷な事だとは思うが、
引き取ってやることができない。
会うのもこれで最後だ。」
この言葉で幼いながらに理解した。
父親には捨てられたのだと。
そして何を思ったのか俺は、
『早く母の愛を証明しよう』と、
母が何よりも大切にしていた髪を、
自分でブツンと切り落としたのだ。
勿論、母は激怒した。
『夏夜”ケイ”は…愛せない?』
その瞬間の母の顔は滑稽だった。
唖然とするような後悔するような顔。
…母はすぐにその場を離れた。
俺はそれを無言の肯定だと思った。
着物は嫌いじゃない…着物を着ないと、
自分に価値が無いと気づいた瞬間を、
思い出すのが恐ろしいんだ。
母は肯定したつもりではなかったと、
今考えればなんとなく分かる。
母は愛する方法も伝える方法も、
下手くそな人だから。