御曹司とのかりそめ婚約事情~一夜を共にしたら、溺愛が加速しました~
第五章
耳が痛くなるくらい、それは長い長い沈黙だった。

こんやく、しゃ……嘘でしょ。

だって、だって……私に結婚しようって、私にそう言ってくれたのに?

どうして? あれは嘘だったの?

あまりのショックに涙も出ない。唇さえ動かせずひやりとしたものが胸を伝う。

昨夜は蓮さんと甘いひとときを過ごして、これ以上ないくらいの幸せに包まれていたというのに、一気にどん底へ突き落されたような気分だ。

戸惑いを隠せない。じっと無表情で見つめる緒方さんの視線から逃れるように、もう一度書類に目を落とす。

うちの両親は離婚なんかしてないし! なによ、生活に苦しい状況で育つって!

父親は無職で多額の借金を背負っているって書かれていることも嘘、嘘! うちのお父さん、まだバリバリ仕事してるし、現職の警察官なんですけど……。

ワードで打たれた印刷文字の羅列が冷たさを煽る。よく見ると、後から付け足したような手書きで“部屋に表札なし”と私の玄関ドアについて記されていた。綺麗な字だけど、ずいぶんクセのある筆跡に目が留まる。

ん? ちょっと待って、この字……どこかで。

まさか――。
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