御曹司とのかりそめ婚約事情~一夜を共にしたら、溺愛が加速しました~
今にも震えだしそうな手で鳴り続けるスマホをギュッと握りしめて、喉を上下させる。そして通話をタップして電話に出た。

「もしもし」

『春海、お疲れ。悪い、もしかして今忙しかったか?』

なかなか電話に出ない私を気遣う言葉。いつもなら嬉しくて「大丈夫ですよ」って、明るくなれるのに、切なさだけがこみあげてくる。

『引越しの準備はどうだ? なにか手伝うことは――』

「あの、蓮さん……」

蓮さんは今、私の目の前に緒方さんがいるなんて知らない。いつもと変わらない彼に婚約破棄を伝えたら……と思うだけで嗚咽がこぼれそうになる。緒方さんは、私が婚約破棄の言葉を口にするその瞬間を見届けるため、一寸目を逸らさず私を見据えている。

『なんだ、どうした?』

――私は蓮さんのことを幸せにできない。

――だから結婚の話はなかったことにして欲しい。
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