御曹司とのかりそめ婚約事情~一夜を共にしたら、溺愛が加速しました~
頭の中でそんな言葉がぐるぐるとめぐっているけれど、蓮さんとの幸せに縋っていたい気持ちが拭いきれない。私に残された道は、身を引くことしかないというのに。

『春海? なんか様子が変だぞ?』

「蓮さん、ごめんなさい」

『え?』

いきなり謝られて訳がわからない顔をしている彼が目に見えるようだ。チラリと見ると、緒方さんは無言で小さく頷いた。それを合図に、私は崖から突き落とされる。

「結婚の話……その、なかったことにしてください!」

ギュッと目を固く閉じてついにその言葉を口にすると、蓮さんは電話の向こうでしばらく押し黙ってしまった。

本当はこんなこと言いたくない。

蓮さんを傷つけるようなことしたくない。

「気が変わったんです。二股かけられてもやっぱり元カレのことが忘れられなくて……そんな気持ちのまま結婚なんてできないし、もう私に会にも来ないで」

『……それは君の本心か?』

先ほどとは違う低い声音に肩が震える。

本心なわけない、今でも、私……蓮さんのことが好きです。

口に出せない言葉を何度も心の中で呟く、この声が彼の胸に響けばいいのに。
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