御曹司とのかりそめ婚約事情~一夜を共にしたら、溺愛が加速しました~
「あの、ここは?」

アパートから荷物をすべて持ち出し、もぬけの殻になった部屋を見返すこともできず、半分拉致に近い状態で連れてこられた場所は、ベリーヒルズビレッジ内の有栖川家が所有しているという建物の一室だった。三階建てのようだけれど、全体的に暗くて今は誰も住んでないらしい。

「高杉様にお部屋は三階にございます」

ここは蓮さんが住む高級マンションが立ち並ぶエリアより少し離れた場所にあり、周りはうっそうとした木々に囲まれていて、同じベリーヒルズビレッジ内でもなんだか異空間のように思えた。

階段を上がり、三階の一番奥の角部屋の前で止まる。

「今日からこちらでしばらく身を隠していただくことになります。もちろん家賃、光熱費、食事など、生活にかかる費用は有栖川のほうで持ちますので、なんなり仰ってください」

「いえ、結構です。そのくらい自分で何とかしますから」

反抗的な態度に思われたのか、緒方さんはやれやれといったふうに鼻を鳴らす。

「ほとぼりが冷めればどこへ行こうとあなたの自由です。今だけ、辛抱してもらえませんか? これもすべて蓮様のためなのです」

蓮様のため、だなんて……そんな言い方ずるい。そんなふうに言われたら、黙って従うしかないじゃない。
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