翳踏み【完】
あまくてつめたい
「夏希があんな地味な子相手にするわけないじゃん。どうせ遊ばれてんでしょ」
「間違いない」
「真面目チャンっぽいから真に受けてたりしてね」
「うわ、教えてあげた方がいいじゃん?」
「ね。親がユーメイジンだからって、調子に乗ってるんでしょ」
空き教室は噂と悪口の掃き溜めだ。他人と違うということは、異物であるということだ。誰だって異物の混入は避けたいから、私はじっと、静かにしていなければならない。
父は歌を歌うのが仕事だった。母は絵を描くのが仕事だった。どちらも人前に露見する仕事だから、二人の間に私が生まれた時、私の周りは常に人で溢れかえっていた。優しい人も、そうでない人もたくさんいて、全員が私を特別扱いした。
誰にとっても私は異物だから、良くも悪くも普通の対応をされ難い。
それを今更嘆いたりしない。
仮にも私が所属する美術部の部室でケラケラ笑っている女子生徒の声を聴きながら、お弁当箱の中身を頬張る。美術教室は横に小さな準備室があって、ランチタイムは、常にその中で過ごしていた。
私の存在に気付いていないのかもしれないし、気付いていて話しているのかもしれない。真意はわからないが、出て行かないのが賢明だろう。