翳踏み【完】
いつも中庭から私を見てくれていたみたいな言い方だった。きっとそんなわけがないのに。こんなところで隠れるように暮らしている私を、きらめきの中にいる彼が見つけられるわけがない。

虹は遠くからなら見つめられるけど、その中にいる人にはわからないという詩を読んだことがある。きっと彼が虹の中にいる人で、私はその外側にいる人間だ。

彼の世界はどこもかしこも輝いているけれど、それが当たり前で、私は焦がれるしかできない。だから、そんな人が、はるか遠くから見つめているだけの私を認識しているわけがない。

思い上がってはいけないから、ゆっくりと一歩、先輩から離れて笑った。これ以上すきになりたくない。これ以上みじめになりたくない。でも、そうなる以外の道を、私は知らない。


「ごめん、勝手に呼び捨てにした」


心底申し訳なさそうに呟く言葉にそういえばついさっき菜月と呼ばれていたかもしれないと思い出した。

きっと違和感がなかったのは、彼に呼ばれるなら、菜月ちゃんよりも菜月の方が適切な気がしていたからだろう。

大丈夫です、と呟くと、俯いていた彼の瞳が、私のそれを捕らえた。たぶん、逃げられないと直感した。


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