翳踏み【完】
先輩が知りたいな、どんな生活をしていて、何を感じていて、何を見ているのだろう。私とはあまりにも違い過ぎるから、想像することもできない。

じっと瞳を見つめてみても、その奥に隠された彼の本質を見抜くことなどできなさそうだ。どこまでも奥の深い黒が同じように私の瞳を見つめて「どうしたの」と笑った。


「先輩って、何が好きですか」


知りたいと思ったらそれはもう恋なのだと、お母さんが笑っていた。急に思い出しておかしくなる。あの日の私にはまだわからなかったけれど、きっとこの気持ちを恋と呼ぶのだろう。先輩の事なら何でも知りたいと思ってしまう。


「俺? うーん。菜月かな」

「ふふ、本気で聞いてるんですけど」

「あ、やっぱ本気だと思われてない」


ケラケラと笑って私の髪を撫でた。ついさっき私の絵を愛でていたのと同じ指先で触れて、甘く笑う。その姿は、毎日先生に怒られていて、街でもちょっとした有名人になっている更科夏希だとは思えない。まるで別人のように優しくて、甘ったるい。

きっと、彼ならば、こんなふうに口説き落とそうとしなくたってたくさんの美人な女の子が寄ってくるのだろう。それなのに私に近づく必要なんてない。


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