翳踏み【完】
「んー、じゃあ、バイクかな」
「バイク?」
「そう、乗るの、すきなんだ」
真っ直ぐに見つめ続けていると、白状するように吐かれた。バイクが好きと言われてもいまいちピンと来ない私は、やはり先輩とは居場所が違うのかもしれない。
そういえば、以前クラスの女の子が、更科夏希は後ろに女を乗せたことがないと言っていたような気がする。その時には言っている意味すら分からなかったが、今にして思えば、乗せたことがないというのはバイクのことだったのだろう。
女の子を乗せたことがないということが表しているのは、先輩に特別な人がいないという意味だったのかもしれない。
「バイクって、こわくないですか?」
「ああ、うーん、怖いってより、気持ち良さの方が強いかな」
「きもちよさ……」
つらつらと話しはじめる先輩は、本当に楽しそうだ。すきなものを話す先輩はいつもより少し子どもらしい。少年のように明るくて、やっぱり眩しい。先輩をこんな風に明るくしてしまうものに、少しやきもちを焼いてしまいそうだ。いいなと唇が勝手に呟いて、先輩が笑った。
「いいなって、何が?」
日の光に透けて消えてしまいそうなくらいに明るい髪がさらさらと揺れている。この髪に戸惑うこともなく触れられる人になりたいと思った。
恐れることなく近づいて、その笑顔を真正面から見つめてみたい。きっと、同じことを思う人がたくさんいる。私と同じように、バイクに嫉妬してしまうくらいに彼を好きになってしまった女の子が、星の数ほどいるだろう。それでも、その中の一人だとは思われたくないと思った。