翳踏み【完】
せかいがかわるよ




「菜月、お迎え、来てるけど……」


少し困ったような顔をしている母が、たった今支度を終えた私に声をかけた。迎えに来るような人なんて今までもこれからもいないと思っていた。だから、予想外の言葉に首を傾げるしかない。


「え、お迎え……?」


呟きながら、昨日からぼやけて仕方がない思考を何とか回転させようとして「男の子だけど」という声に心臓が止まりかけた。

昨日から、世界が歪みだしている。こんなことをする人だとは思えないのに、どうしてか、先輩以外に顔が浮かばない。


「あ、わかった。行ってくる」


昨日どうやって自分が、この家に辿り着いたのか、あまり覚えていない。記憶が不確かになるくらいに翻弄されて、閉口している以外に出来ることがなかった。

ただしがみついて、むせ返るほどに甘い、先輩の匂いを感じていた。


彼はまた明日と言った。その意味をわからないままに首を縦に振って、私はようやく平穏を取り戻した。まるで世界が一気に色気づいたみたいに忙しなくて、立っていることすらままならない。

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