翳踏み【完】
それが先輩の世界なのだと思うと、どうしてか、やっぱり遠いと思った。
ローファーを履いて、玄関に立つ。その先にいるのが誰なのか、知らないはずなのに、もう先輩以外に無いような気がしていた。
ドアを押し開くと、昨日返さないと言ったくせに律儀に私を家まで送り届けた先輩が、門の前でこちらを見つめている。目が合うと不敵に笑って「おはよ」と言った。
まるで恋人みたいな対応をする先輩の意図が、少しも分からない。
「お、はようございます……」
朝日に照らされて、先輩の髪はますますキラキラと輝いていた。まるで白昼に浮かぶ銀河みたいだ。
とても綺麗で、言葉にできない。どんな言葉で褒めそやしたとしても、彼の美しさの前では見劣りしてしまう。
「なにぼうっとしてんの? はやく行こう」
時間も忘れて見惚れている私に先輩が手を差し伸べてくる。「手」と吐かれて、とうとう手をつなぐために差し出してくれているのだと認識せざるを得なくなった。
どうして急に、と思うのに、あまりにも真剣な顔で見つめてくるから問うことすらできない。
ただのゲームだったんじゃないの、吐いて捨てるように、ゴミ箱に入れられるはずだったんじゃないの。