翳踏み【完】


引っ張られるように彼の後ろを歩いて、教室に向かう。教えたわけでもないのに私の教室まで一直線に歩いている彼は、本来この階に居るべきじゃない生徒だ。

ただ事ではない私たちの様子を見た生徒が何やら耳打ちしている。それだけで泣きたくなった。

躊躇うことなく教室のドアを開けて、私を引き入れる。何をしようというのだろう。小さく声をかけようとして、当たり前に注目されていることに気付く。感情のない無数の目に見つめられて、思わず俯いた。


誰かに注目されるのが、嫌いだ。


「こいつ」


私の思考を無視したままで教壇に上った彼が、私の肩を抱いた。当たり前にそうやって、見たこともない様な冷たい瞳で言うのだ。


「椎名菜月、俺のだから」


ただそれだけの言葉に、教室が凍りついた。私の髪を、いつもと同じように柔らかに撫でて、「また昼な」と笑った。それだけが一緒で、それ以外は全部違う。あまりにも遠い後ろ姿に、どうして私は泣きたくなるのだろう。
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