翳踏み【完】

昼休みになれば、先輩は宣言通りに私の前に現れた。休み時間ぴったりに現れた先輩は、授業を終えた先生が「じゃあ今日はここまで」と言った瞬間に教室に乗り込んでくる。それにまたクラス全体の動作が止まるのだが、先輩は構うことなく私の目の前で笑った。


「菜月、行くぞ」


それはそれは綺麗に笑って手を差し伸べてくる。それに言葉を失っていれば、とくに私の意思とは関係なく手を掴まれた。

私のスクールバッグを攫った先輩が私の手を握り直す。ひとつひとつの指先が絡むような握り方をする先輩は、どうしてか、周りの全ての人に、私と先輩の関係を見せつけているようにさえ見えた。


「せんぱ……」

「菜月、昼は弁当だろ?」

「え、はい……」

「自分で作ってんの?」

「今日は、そう、ですけど……」


小さく笑っている先輩に首を傾げる。当たり前のように普通に会話が流れる。廊下に二人だけの声が響いていた。それだけならいつも通りなのに、しっかりと絡められた指先だけが、昨日とは違う。


「今度俺にも作ってくれね?」


少し自嘲するように笑われて、言葉に詰まった。何と言っていいのかわからない。

この関係がわからない。先輩がわからない。声を失っている私を見た先輩が、無感情な瞳のまま私の手を引いて、空き教室に滑り込んだ。
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