翳踏み【完】
昼休みの喧騒が遠ざかる。埃っぽい部屋で息を吸いこんだら、呆気なく壁側に追い込まれて吐く息を忘れた。

何も問わない、何も言わない先輩が、瞼をゆっくりと震わせる。ただ、見つめるだけの私を射抜いて、先輩、と声をあげようとした私の声を奪った。

押し付けるようなそれは、私の知る先輩のものじゃない。

冷たくてざらついた感覚が頭の裏を撫でる。何を言いたいのかも纏まらない声をあげようとその胸を叩いて、一向に止まらない行為に眩暈がした。

いつだって私がその胸に触れれば、先輩は優しい瞳のまま、私を開放してくれた。くぐもった声が鳴る。それすらも無視する先輩が、へたり込みそうになる私の足の間に体を差し入れて、逃げることを許さない。

恐ろしく熱いのに、どこまでもつめたい。

意味さえも問えぬままに涙が出る。生理的なものなのか、感情的なものなのか、理解する思考もない。ただ流れた涙すら無視して私を乱す先輩を、はじめて恐ろしいと思った。

どれくらいの間、思考を奪われていたのか、わからない。ただ、倒れ込みそうになった体を支える腕に抱かれて、どうしようもなく逃げ出したくなった。


「なに、考えてるんですか……」


震える声が、問う。それは、どこか責めるような言葉にも聞こえて、むなしくなる。そうじゃない。私は先輩をわかりたいだけなのだ、と弁明する余地もなく、先輩がまた吐くように笑った。

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