翳踏み【完】
先輩が私を開放したのは、とっくに昼休みが終了した後だった。

お弁当を食べる時間も忘れて行われた行為は、熱くて冷たい影を落としている。何かを間違えたのだとわかった。きっと、自分はやってはいけないことをしてしまったのだ。

気づいてもやり直せない。昨日のあの瞬間、私は先輩に消えない傷をつけてしまったのだ。


信じなくていいと言う瞳が揺れていた。

至近距離のそれに声をあげる前に言葉を奪われる。ただそれだけで時間が流れた。先輩は私の言葉を聞こうとしない。まるで恐れを壊すための行為のようだった。

どうしようもなく過ぎる時間に「授業が」と口に出せば、先輩が「送る」とだけ言った。私に触れていた指先が遠ざかる。その束の間に、どうしようもなく胸が苦しくなった。まるで真綿をぎゅうぎゅうにつめられるような苦しさに、思わず胸を押さえたくなってしまう。

泣き出したい私を見る先輩の瞳が苦しい。

なぜ苦しいと思うのかわからないのに、たまらなく苦しい色だと思った。それは、私がずっと見つめてきたような自由な瞳とは違うような気がした。

次の日も、その次の日も、先輩は同じように私の前に現れては昼休みの時間を私と過ごしている。

初めの日のように授業に遅れることは一度もなかったけれど、有無を言わせず唇に噛みつくそれだけは、いつまでもかわらない。抵抗するべきなのか、受け入れるべきなのか、何一つ理解できないままに絡まって、先輩の焦げそうな瞳を見つめていた。

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