翳踏み【完】
「なんだこの空気」
心底不思議そうな声をあげたその人に顔が上がる。楽間くんだ。
持ち上がる視界の先に映る楽間くんの頬を見て、息が詰まる。そこにあっただろう痛々しい傷は、すでにほとんど消えかかっていた。あの日の先輩と楽間くんのやり取りが思い出される。それだけでまた泣きたくなった。
同じクラスにいると言うのに、楽間くんに会うのはあの日以来だった。だから、あの日のことを謝ることすらできていない。
「椎名なにぼけっと座ってんの」
「えっ、あ」
この教室で会話なんてしたこともなかったのに、彼は当たり前のように私に近づいてくる。動揺する私が何も言えないでいれば、あっという間に目の前に彼が立った。
わ、と声が鳴る隙に、楽間くんが僅かに眉を顰める。その視線の先に何があるのかわからず声をかければ、逸らすように「何でもない」と返された。
教室には私と楽間くん以外誰もいない。5限は体育の予定だったから、全員体育館に行っているのだろう。
先輩がいつものように教室まで送り届けてくれたあと、いくつものシラケた視線を浴びながら体育の準備を始めていたくせに、とうとう自分の席から立つことはなかった。誰一人それを気にする人はいない。
心底不思議そうな声をあげたその人に顔が上がる。楽間くんだ。
持ち上がる視界の先に映る楽間くんの頬を見て、息が詰まる。そこにあっただろう痛々しい傷は、すでにほとんど消えかかっていた。あの日の先輩と楽間くんのやり取りが思い出される。それだけでまた泣きたくなった。
同じクラスにいると言うのに、楽間くんに会うのはあの日以来だった。だから、あの日のことを謝ることすらできていない。
「椎名なにぼけっと座ってんの」
「えっ、あ」
この教室で会話なんてしたこともなかったのに、彼は当たり前のように私に近づいてくる。動揺する私が何も言えないでいれば、あっという間に目の前に彼が立った。
わ、と声が鳴る隙に、楽間くんが僅かに眉を顰める。その視線の先に何があるのかわからず声をかければ、逸らすように「何でもない」と返された。
教室には私と楽間くん以外誰もいない。5限は体育の予定だったから、全員体育館に行っているのだろう。
先輩がいつものように教室まで送り届けてくれたあと、いくつものシラケた視線を浴びながら体育の準備を始めていたくせに、とうとう自分の席から立つことはなかった。誰一人それを気にする人はいない。