翳踏み【完】
「夏希先輩の事、すごく……、すごく傷つけた」

「その結果がこれか」


重いため息が充満する。楽間くんが自分の首筋を指差して吐いた言葉に首を傾げれば「マーキングされてるって、お前気付いてねえの」と言われる。

一瞬でついさっきまでの熱がぶり返した気がした。熱くなった頬を隠すように目を逸らせば、もう一度絡まった息を吐く音がした。


「お前さあ、よくわかってねえんだろうから言っとくけど、夏希さんは相当お前に惚れてたんだよ」


まるで周知の事実のように言った。少しも信じられないと思うのに、先輩の瞳がちらついて何も言えなくなる。私なんかを好きになってくれるような人じゃないのに、どうしてあんな目で、乞うような、諦めるような複雑に絡んで焦がれた瞳で見つめられたのだろう。

とても先輩に好いてもらえる自信なんてない。全ては自分が悪いのだ。


「このまま行ったら、お前壊されるんじゃねえの。碌な人間関係もなくなって、夏希さんだけについて行くしかなくなって、そうやって全部奪われるんだろ」


真剣な瞳だった。

本気で心配するような声に、どう発言すればいいのかわからなくなる。どうやって何を感じればいいのかすら歪んでいるのだ。先輩の瞳の前で、確かにこのままでは何かがおかしくなると思った。こころとからだがばらばらに、散らばってしまうような気がした。


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