翳踏み【完】

「楽間くん、すごくモテそう」

「はあ?」

「だって、すごく優しい」

「幼稚園児とか言われたの忘れた?」

「あ、そうだった」


茶化すように言うと、楽間くんが豪快に笑う。きっと人の心の機微に聡い人なのだろう。


「俺にする?」

「うん?」

「夏希さんじゃなくて俺にしとけば?」

「ふふ、なにそれ。またからかってる? 幼稚園児だと思ってるんでしょ」


からかうような瞳で、もう一度私の髪を撫でた。今度は乱すようなそれじゃなくて、やわらかく慈しむような指先だ。

小さく呼吸が止まって、僅かに視線が揺れる。躊躇うように開かれた唇に釘付けになった。聞いてはいけないような気になって、それでも無言のままに見つめる私に、楽間くんが笑う。


「冗談に決まってんだろ」


はやく夏希さんのことなんとかしろよ、と。頷いてみせたら、私の髪に触れていた楽間くんの指先が遠ざかる。私がその指先に泣きたくなるのは先輩だけなのだと知った。





思えば私から先輩への気持ちをきちんと伝えられていなかったような気がする。すきですと言ったことはあるけれど、あんなふうに諦めたみたいに言うべきじゃなかった。

自分に自信がないから先輩の言葉を疑って、酷く傷つけた。

確かにあの日、先輩は私に気持ちをぶつけてくれていた。それをなかったみたいにした私は最低だ。何度も何度も繰り返し同じ間違いを思い返して、それでも過去をやり直すことはできない。

でも、これから先の未来を変えることはできる。

楽間くんの言葉をなぞる様に呟いた。これから私が、どうしたいか。最もシンプルな問いに、答えが返ってくる。


ひとをすきになることに、誰かの許可なんてない。

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