翳踏み【完】
せかいをかえるよ
「菜月」
「先輩、おはようございます」
「ああ、はよ」
良く晴れた空に見惚れていれば、前方から声がかかる。
先輩は私の表情に一度顔を驚かせてから小さく笑った。家の前で先輩を待つのは初めてだ。いつ来なくなってしまうのかわからないから、来ると思わないようにしていた。
馬鹿みたいな自己防衛ばかりを繰り返すのはやめよう。先輩が当たり前に触れてくる手を握って、指先を絡めた。恥ずかしくて消えてしまいたい気分だ。
先輩はいつもこんな思いになりながら私の手を握ってくれていたのだと思うと、どうしようもなく胸が苦しくなった。私は本当に、与えられてばかりだった。
柔らかく握った手から、先輩の熱が伝わる。当たり前のように先輩が握り返してくれることにまた泣きそうになった。
どうしてこんなにも大切にしてくれている人のことを疑ってしまったのだろう。自分が情けなくて仕方がなくなった。
「夏希先輩」
「ん」
「今日、お昼、一緒にいられますか」
歩きながら、横を見るのが怖くなって前をじっと睨みながら問うた。いつも当たり前のように一緒に居るけれど、全然当たり前じゃない。先輩がいつも私を迎えに来てくれているから一緒に居られるんだ。
断られたらそれで終わりだ。先輩は毎日そんな気持ちで私を誘ってくれていたのだろうか。もしそうなら、私はもっとはじめから、こうして声をかけるべきだった。